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すこ~し昔の鳥取のバス
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1970年代後半(昭和50年代前半)に発行された、日本交通株式会社(鳥取県)のパンフレットです。

この貴重な資料をご提供された米子人様 及び 本HPへの掲載をご快諾された日本交通株式会社(鳥取県)に対し、厚く御礼申し上げます。ありがとうございました。

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これは、1970年代後半(昭和50年代前半)に、日本交通株式会社が発行したパンフレットです
パンフレットの表紙は、鳥取砂丘の風紋です。

これは、1970年代後半(昭和50年代前半)に、日本交通株式会社が発行したパンフレットです。本社や一部営業所・案内所の住所は、現在と異なります
当時の看板車両、三菱ふそう「パノラマデッカー」と、トヨタクラウン(5代目モデル)。

これは、1970年代後半(昭和50年代前半)に、日本交通株式会社が発行したパンフレットです。当時の山陰特急バスは、昼行便4往復・夜行便2往復で、現在とは大幅に異なる運行形態でした。また、鳥取~倉吉~米子を結ぶ急行バスも運行されていました
当時はまだ道路事情が良くなかった為、山陰特急バスは大阪~戸倉峠~若桜~鳥取~倉吉(田後)~米子というルートでした。また、鳥取~倉吉~米子を結ぶ急行バスも運行されていました。

これは、1970年台後半(昭和50年代前半)に、日本交通株式会社が発行したパンフレットです。当時は、定期観光バスが多数運行されていましたが、これらは全て廃止されました
これは、1970年台後半(昭和50年代前半)に、日本交通株式会社が発行したパンフレットです。当時は、定期観光バスが多数運行されていましたが、これらは全て廃止されました。なお、観光遊覧ハイヤー(タクシー)は、このパンフレットとは多少異なるものの、現在も様々なプランが設定されています
当時は、多数の定期観光バスが設定されていました。


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